トピックス Topics

カリコ博士・ワイスマン博士のノーベル生理学・医学賞受賞に寄せて

プレスリリース
2023/10/04

カリコ博士、ワイスマン博士が開発したmRNAワクチンの技術は長い間不可能な技術だとされてきました。

画期的な発想がもたらしたmRNAワクチン

mRNAは本体のタンパク質を作るための設計図となる分子で、mRNAワクチンの構想は合成したmRNAを細胞内に導入して病原体のタンパク質を作らせ、それに対する抗体が病原体を排除するというものです。
RNAはDNAと異なり分解されやすく、体の中に残らないという点でも画期的な発想でした。

しかし、その実現を困難にしていたのは、合成したmRNAを体内に入れると、細胞がそれを異物として認識して非常に強い炎症反応がおきるという現象です。そこで両者はmRNAの構造を少し変える方法を考えました。
mRNAはA、U、G、Cの4つの暗号からなっていますが、そのうちのU(ウリジン)の構造を変えるというもので、この方法は炎症反応を減弱させることができ、さらにはタンパク質を作る効率も向上するという一石二鳥の技術となりました。こうして開発されたmRNAワクチンは、新型コロナウイルス感染症に対するワクチンとして実用化され、多くの命を救ったのは皆さんのよく知るところだと思います。

本学の元客員教授の故古市泰宏先生はmRNAワクチンの開発になくてはならない技術のもととなる発見をし、実際にその技術はmRNAワクチンに採用されています。

古市先生とカリコ博士をつなぐキャップ構造

面白い縁で、カリコ博士の師匠であるTomasz博士とも共著の論文がある古市先生ですが、mRNAの末端部分にあるキャップ構造という特殊な構造を48年ほど前に発見しました。

このことについてカリコ博士は、古市先生のキャップ構造の発見がなかったらこのワクチンは完成していないと古市先生に直接言われたそうです。事実、カリコ博士が世界各国で行った講演の中で、古市先生の発見を古市先生の若かりし頃の写真を交えて話されていたと聞いています。

そのワクチンに採用されているキャップ構造を発見した古市先生ですが、残念ながら昨年のノーベル賞医学・生理学賞、化学賞が発表されたのちに力尽きるように永眠されました。

YMW

生前の古市先生はエネルギッシュなパワーがいつもみなぎっている人で常に好奇心豊富な方でした。
こういう方だからこそ、この大発見ができたということをいつも思わされていました。

古市先生がいつも言われていたYMWという言葉があります。やって(Y)、みなけりゃ(M)、わからないと(W)いう言葉です。

その言葉自体が古市先生をよくあらわしているものでした。この言葉は研究の世界だけではなく、すべてのことに共通するもののように思われます。

実際に古市先生がmRNAワクチンを受けられたときに、左肩をさすりながら「ここに俺が見つけたキャップ構造が入ったmRNAがはいっている」と感慨深い表情で言われていたことが思い起こされます。

※掲載写真は、古市先生が愛用していたハット(左)と古市先生が発見したmRNAのキャップ構造にちなんだキャップ(帽子)に発見した構造:m7G(7-メチルグアニル酸)が刻まれています。このキャップはご本人が作られたものです。
このキャップを本学での講演で最後にかぶり、話を締めていたことが思い出されます。

2022年11月26日、「古市 泰宏 お別れの会」東京神田学士会館にて

 

 

きっと天の上から両者のノーベル生理学・医学賞受賞を喜んでおられることでしょう。

新潟薬科大学
薬学部 生化学研究室
教授 小室晃彦